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冬の町の本屋

作者名:桐山セツ

「寒い……」

ぼやきながらシャッターが斑模様に閉まっている商店街を歩く。歩道に屋根がついているものの、雪はそんなのお構いなしに足元に降り積もっている。歩きづらくなり、この靴底の滑る感覚が「故郷に帰ってきている」と改めて感じさせる。

 二年前、俺は生まれ育った町を離れて東京の大学に進学した。今は冬休みで北国にある実家に帰っており、今日は年末年始に向けての買い出しを頼まれていた。家に居るのも暇なので、二つ返事で引き受け家を出た…………のだが、少し後悔している。なぜなら――

「流石に寒すぎるだろ……」

雪に情緒を感じている場合ではない。歩いているうちに足元の雪は厚くなり、手袋をしているにも関わらず手先がかじかんできた。どこか暖を取れる場所に避難しなければと本能が言っている。そんな折、商店街の一角に目が留まった。地元を離れるまでよく通っていた、町の本屋だ。雪と寒さを凌ぐには丁度いいと思い、少し立ち寄ることにした。

 天城書店――よくある「町の本屋さん」だ。高校生の時、寄り道禁止の校則に反抗したい欲求から、下校時に足繁く通っていた。毎週月曜日にはここで漫画雑誌を買ってたっけ。昔からあまり客足はついているようではなかったが、久々に見たそこはより一層草臥れた雰囲気になっていた。だがまだ一応営業しているようで一安心した。服についた雪をほろって年期の入った自動ドアをくぐる。

「……いらっしゃいませ」

店に入ると、出入り口近くのレジに居た店主らしきお爺さんが小さく挨拶をしてくれた。あの頃と同じだ。でも、店と同様更に老けた気がした。失礼過ぎるから口には出さなかったけど。店の中には客が一人も居なく寒々としていたが、暖房は効いていて暖かかった。ただ暖を取るために入ったのも申し訳ないので、少し物色することにした。

 手をこすり合わせながら店内を見て回ると、あることに気付く。

――本棚の数が減っている。どうりで狭い店なのに広く感じた訳だ。おまけに奥の本棚のスペースには何も置かれていない。「専門書」「PC関連本」などのコーナー表札だけが空ろげに取り残されている。高齢化が進んでいる我が故郷だ、そのような本を買う人が居ないのだろう。寂しくなってあの頃と同じように漫画や小説のコーナーを回ったが、目新しい書籍は置いておらず、一昔前の漫画ばかりが埃を被っていた。懐かしさには浸れたが、寂しさは一層増すばかりだ。

天城書店の状況にいたたまれなくなり、まだ仕入れられていた漫画雑誌の最新号を買って帰ることにし、レジへ持っていった。

 

「270円になります」

しゃがれた声でそう言われ、財布からピッタリ270円を出す。と、その瞬間――

「お久しぶりですね」

「えっ?」

「お名前は知りませんが、学校終わりによくいらしていましたよね」

急に話しかけられて驚いた。どうやらお爺さんは俺のことを覚えていたようだ。

「えっと、そのー、そうですね。覚えられてたんですね、ははは……」

「そうですよ。ある時期からぱったりといらっしゃらなくなって、少し寂しくなりましたよ」

「あー遠くの大学に進学しましたからね。でもなんだか嬉しいです」

口ではそう言ったが、実際のところ恥ずかしさの方が勝っていた。なんせあの頃――よく考えてみれば今も店内を見て回るも買うのは漫画雑誌を買う程度だからだ。

「遠くの大学ですか……。まあ地元を離れるのが今は普通らしいですからね。今は帰省中ですか?」

「そうですね。この吹雪の中買い出しを頼まれて……」

なんて世間話をしているのだけれど、お爺さんは何で急に話しかけてきたんだろう。

「……すみませんね、引き留めちゃって」

「えっ、いえ、大丈夫ですよ」

顔に出ていたのか話を変えられた。

「久々に懐かしい顔を見たもんですから、つい声をかけてしまいました。もうすぐ店を畳むし、最後にお礼をと思ってね」

「あっ……あー」

ショックだったが、案の定だった。

「私ももう年でね、継がせる子供もおりませんし、そろそろ潮時かと思いまして」

「そう……なんですか……。寂しいですね」

「そう言って頂けて嬉しいです。毎週あの漫画雑誌だけは仕入れておこうと心に決めておりまして、今日も買ってくれて……本当に有難うございます」

「いえ! 僕の方こそこれぐらいしか貢献出来なくて申し訳ないです」

「いえいえ、いい思い出ですよ。何も謝る事はありません。今日はもうお帰りですか?」

「あっ今買い出し中で、これから買いに行くところです」

「そうなのですか。外は滑りやすいので気を付けて」

「……ありがとうございます。あの、いつ閉店なさるんですか?」

「今年度末です」

「分かりました。また、来ます」

別れを告げて、店を出る。まだ雪は容赦なく降っていて、出入り口の前は白く染まっていた。

「……あったまったのに、寒いな」

天城書店を後にし、濡れないよう二重に袋に入れてもらった漫画雑誌を手に持ちながら、俺は買い出しを続けた。

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