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アフターメタル

作者:カティア

薄暗い部屋の中、細い手が半透明のチューブを掴み、その先端に全神経を集中させる。チューブを覆っている薄膜をナイフで裂くと、中からさらに細い筋が何本も出てきた。呼吸を殺し、その一本一本を針に繋ぐ。最後の一本を繋ぎ終わると、テーブルの上にある肉の塊に針を刺していく。針が刺さる度肉はドクンと脈打ち、表面が波立つ。

「やっとここまで戻せた…」

白くか細い手が汗を拭う、目は長時間の緊張で充血している。その時、不意に後ろから光が差した。

 

「ファルス、また部屋に籠って…。」

伸びてくる影、肩まで伸びた髪を揺らした少女が部屋の奥を見つめている。ファルスと呼ばれたのも同年代の少女だ、重い腰を上げて声の方に向き直った。

「入るときはノックしてって言ってるでしょ、何のための貝鐘なの。」

ぶっきらぼうな来客はため息をつくと、ドアに取り付けられた貝殻を鳴らした。

「はいはい、リブラちゃんがやってきましたよー。」

貝の中で砂が擦れ、きゅうっと締めるような音が鳴る。

 

リブラは部屋に踏み込むや、壁や天井を見渡した。

「しっかし相変わらず生活感のない部屋だねぇ、このぶら下がってる紐とか何なのさ、乾物?」

伸ばした手が天井から垂れ下がったチューブの一つを掴もうとしたところで、部屋の主の鋭い視線に気づく。

「…触らないでよ?こないだもあんたがぶつけて壊したから今の今まで直してる所だったんだよ?」

ファルスの後ろには、まだ工具が取りついたままのチューブと肉塊。それだけではない、二人がいる部屋の中には、骨や筋、爪に臓物が所狭しと並んでいた。

 

ここはブレービャ村の外れ、防護柵近くにある彼女の工房。ブレービャ村はかつて広大な森があったとされる地域に位置し、今なお豊富な生物資源を産する。村にある工房の多くはこうした木材や食料を加工し、山二つ向こうの都市マーテルデウスと取引していた。マーテルデウスは30年程前の第4次遠征で発見された残骸都市の一つで、輝きの丘を幾つも抱えており、丘崩しが流入する過程で彼らの開発を支えるべく開発された衛星集落の一つが、ブレービャなのだ。

 

しかし、ファルスは他の工房にあまり協力的ではない。むしろ怪しげな雑貨を作っては、物好きな隊商にこっそり売りつけている事の方が多い。そしてその引き換えに、部屋に並んでいるような魑魅魍魎を仕入れてくる。「針」の正体も遥か下流に住む生物の歯だというが、その姿は彼女自身でさえ簡単なスケッチでしか見たことがない。

 

二人は部屋の隅に追いやられたテーブルに向かい、丸太を粗削りして皮を被せただけの椅子に腰かけた。

「それにしてもこの有様、まるで生き物の腹の中じゃないの。一体何を作ってるのさ?」

ファルスは工房の扉が閉まっていることを今一度確認した上で、視線をテーブルに向けたまま口を開いた。

「マーテルデウスみたいな都市は旧文明の時代、今以上に沢山の人々がいたことが分かっているの。旧文明は沢山の輝きを使って、私達には及びもつかない暮らしをしていたらしくてね。

ところが地底に埋まっている輝きは彼らが粗方掘りつくしちゃった、だから丘崩しの出番ってわけ。」

「知ってる、残骸から旧文明の輝きを回収するんでしょ。残骸から輝きを取り出すのには燃料がいるから、あちこちの工房で木を切り出してる。」

 

「……で、一方あんたはこの生き物の残骸で何をしてるの?」

リブラはテーブルに積まれた骨の一つを摘まみ、まじまじと眺めた。

「旧文明の遺産の中には、過去の色んな記録を収めた物もあってね。ただ、読み取る機械も輝きを使ってたらしくて、殆どが読めないままで放置されてるの。都市の大人たちの中には、それを何とか読めるよう研究してる人たちもいて…。」

 

ファルスは戸棚から植物を編んだ籠を取り出すと、中から透明な結晶を幾つか取り出した。

「これは輝きの丘で見つかった結晶で、内部に肉眼では見えない位の小さな点で記録がされているの。それを拡大鏡で一つ一つ読んでは書き出したのがこれ。」

彼女はそう言いながら無数の点が並んだ紙束をテーブルに乗せた。

「この暗号を解読すれば、きっと過去に何があったかがわかる…かも!」

 

「えっと……その結晶も輝きでできているの?」

「隊商の人が言うには違うみたい。都市の人は輝きこそ旧文明の繁栄を支えていたものだって言って、こういうものには興味が無いんだって。私は違うと思うの、輝きこそ旧文明を滅ぼしたんじゃないかって、でなきゃこんな形で記録を残さないでしょ。」

ファルスは指で結晶の一つを摘まみ、目を凝らす。

「私はこの記録は音だと思っているの。だから"私なりの形"で再生する機械を作ってるのよ。輝きに頼らずに生きていく世界を目指さなければいずれ森は取りつくされてしまうし、そうでなくても前時代の文明と同じ末路を辿る、そんな気がするの。」

「……なんだかよく分からないけど、頑張って…ね…?」

二人の背後で蠢く"機械"が次の時代を作るのか、それは未だ神のみぞ知る。

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