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ジダイさん

作者名:少女K

 ある日、私は学校にノートを置き忘れていたことに気づき、 いつもより20分も早めに家を出た。 

 この時間は日差しが顔に直接あたって、眩しいし、 蝉の声も暑さを助長する。 

 煩わしく思いながらも歩いていると、あの人は私の前から大きく影を落として現れた。  

 

「時代遅ればばあ」

 千年前の姫みたいな服、 バブル期のようなキラキラ輝く服、 それらの服を見せびらかすように胸を張るポーズで歩く。 

 時代違いの服を着て歩いている、学校で話題のおばあさん。

 私は歴史自体が歩いているような服装に、どこか引かれていた。

 

 でも、今回の服は……。

 紫色の長いワンピースドレス、魔女のように背の高いとんがり帽、蝶のような大きな羽、真ん中に花があしらわれた金色のネックレス。

 教科書でも見たことのない姿に驚いて、私は思わず 

「どの時代の服ですか?」 

 声をかけてしまった。

 

 蝉の声が止まる。 

 まるで時間が止まったかのように。 

 軽率な行動に後悔した時、おばあさんが皺のある口から金色の歯をニッとのぞかせた。 

「気になるかい」 

 しわがれた声が聞こえた瞬間、 虹色の渦が表れて周りを包み込んだ。 

 

 突然の出来事に地面にへたり込む私を見て、アッハッハとおばあさんは笑いながら私の横に屈むと、右前を指さした。先には、真っ暗な穴。 

「あそこが私の住む世界。私の世界ではこの服が流行っているのさ。 行くよ」 

 暗闇がぐんぐん向かってきて、 私は思わず目を瞑った。 

 

 わずかな光を感じて瞼を開けると、ビルの陰が並ぶ街中に私は座っていた。 

 おばあさんは私を虹から灰色になった地面から立ち上がらせると、

「あそこの洋服店にいこうか」 

 今度はビルの間に挟まれた小さな店を指さした。

 

 店内にはおばあさんと同じ服を着ている人が何人もいて、変な形の机や見たことのない機械、そしていろとりどりの服で溢れていた。 

「気に入ったかい」 

 私は目を輝かせ、お礼を言おうとした、けど……。

 

『なんと呼ぼう』

思ったことを口にされて驚いた。 

「私は何でもお見通しさ」 

魔女帽子を触りながら言う。 

「アンタの世界じゃ時代遅れと呼ばれているが、それは違う。アタシは時代そのもの。 今、着ているのだって最新のファッションさ」 

時代そのもの……ジダイさん。 

「ジダイさん、悪くないじゃないか」 

心のつぶやきのジダイさんは気に入られたらしい。 

 

「アンタのセンスは好きさ。 描く服もね」 

ぎょっとした……本当に何でもお見通しだ。 

 

 

 私は服が好きで、5歳の誕生日に貰った人形に、服を着せてよく遊んでいた。 

 人形遊びはもうやらなくなったけど、こっそりとノートに色々な服を描いていた。 

 

「ここでは、描いた服を作ることができる。 

 そして新しい流行になるのさ。ほれ、描いてごらん」 

 ペンと紙を渡された私は、人から隠れるように机の隅へ移動した。 

 

 

 人の服を描くのは初めてだったけれど、不思議とすぐ頭に浮かんだ。 

 色は赤色ベースで暖色系を。 

 この襟元は緩めに広げよう。 

 袖は膨らみを持たせて、袖口を広めに。 

 スカートは斜めのフリルが素敵かも。 

 そしてあのとんがり帽子に、飾りをつけたらよいかなって思って描き加えた。 

 少し不釣り合いになったから、大きなつばを少しフリルに変えてみた。 

 

「いいじゃないか」 

 ジダイさんがいつの間にか真横に立って覗き込んでいた。 

 先生にノートを見られそうになった時のように、 反対側に紙をずらすと、ジダイさんはニヤりと金色の歯を輝かせて言った。 

「おや、後ろから覗いているやつらに見えちまうよ?」 

 振り向くと、後ろにいた数人が目をそらした。 

 見られていた。

 あまりに恥ずかしくて急いで紙を裏側に……。 

「おーい、これを仕立ててくれ!」 

 いつの間にかジダイさんが遠くで叫んでいる――手に持った紙を大きく振りながら。 

 私は頭が沸騰しそうになって、冷たい机に額を乗せた。   

 

  

 気づくとまた、虹色空間にいた。

 私の前には真っ白な穴が開いていて、振り返ると最初に見た暗闇があった。 

「待たせたね」 

 ジダイさんが忘れたかった赤い服とフリルつきの帽子を纏って現れたから、私の顔もお揃いの色になった。 

「何を恥ずかしがってるのさ。この服が時代の最先端さ」 

 ジダイさんがそう言ってポーズをとりながら言う。

「ここでお別れだよ。アタシは戻って最先端の服を見せびらかしたいからね」 

 ジダイさんは最新の服を着ては、あのビル街の真ん中で歩くのだと言う。 

 私の描いた服でされると恥ずかしいとぼやいても、 アッハッハとジダイさんは笑うだけだった。

 

 ジダイさんはネックレスを外して、私の首にぴったりとつけた。 

「これはデザイン料だよ。アンタには未来のため、素敵な服を描き続けてほしいからね」 

 そう言ってジダイさんは手を振りながら暗闇に帰っていった。 

 追いかけたい気持ちも込み上げたけど、 急いで学校にいく必要があることを思い出して、 駆け出した。 

 

 眩しい光が収まると、私は通学路に立っていた。 

 やっぱり蝉が鳴いていて、日差しも変わらず眩しい。 

 違いはジダイさんがいないこと。 

 その代わりに私の首元で金色のヒマワリが夏の強い光を反射した。

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