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作者名:華乃ひか

「うわー……こんなボロ屋だったかな……」

 昔はよく遊びに来ていた祖父の家、昔ながらの木造建築だ。築何年になるのだろうか。台風が来ても、少しの地震が来ても倒れなかったこの家は、どこか安心感があって、まだまだ現役だと言わんばかりにどっしりと構えていた。

「ばあばーきたよー」

 そんな平屋の玄関の戸をがらがらっと開けて、わたしは中に入った。

「おやおや、喪服もきれいだったけど、私服もめんこいねえ。」

「もうやめてよ~それより、おじいちゃんどこ?」

「はいはい、こっちですよ」

 祖母に迎えられ私は家に上がった。ぎいっと床がきしむ。

「おじいちゃん、愛(らぶ)ちゃんが来てくれましたよ」

 連れてこられたのは畳が敷き詰められた和室。そこに、おじいちゃんがいた」

「おじいちゃん。お葬式ぶり」

 そこには少し真剣な表情のおじいちゃんの遺影。わたしはおじいちゃんの顔に向かって話しかけた。

「愛か、よく来たな」

 そんな声が聞こえた気がした。

「やっぱり、『あい』ってよぶのかなあ」

 そんな私のつぶやきに、おばあちゃんはフッと笑って

「そうでしょうね。あの人、愛の名前が嫌いだったものね」

 愛と書いて『らぶ』それが私の名前だ。両親は両親なりに考えてこの名前にしたのだが、おじいちゃんは大反対だった。だから、おじいちゃんは私の名前をずっと『あい』って呼んでた。正直私はちゃんと名前を呼んでくれないおじいちゃんが大嫌いだった。いつか、おじいちゃんにもちゃんとした名前で呼んでもらいたかったものだ。

「じゃあ、やりますか!」

「あら、せっかく来たんだからとりあえずお菓子でもどう?」

「いや、今日の目標まではやっておきたいからね」

「あらそう?」

 今日は8月の28日。おじいちゃんの初盆が終わって、しばらく後だ。足腰の悪いおばあちゃんが一人で住むにはこの家は少し大きいと、お父さんやお母さんが住む家へ引っ越しすることになったのだ。おじいちゃんは、意地でもこのおうちから動かない頑固な人だったが、これで、このおうちともサヨナラだ。

「すこし、さみしくなるね」

 私がぼそりというと、おばあちゃんはそうねえと言って少し微笑んだ。その微笑みは少し寂しそうなものだったけれども。

「じゃあ愛ちゃん、お願いね」

「はーい。まっかせて!」

 私の今日の作業は私の私物の回収。昔からよくここの家には来ていたため、私の物もいくつかあった。というか

「よく私の部屋まで用意してくれたよなあ」

 廊下を少し歩いて突き当りのドア、そこが、年に数回しか帰ってこなかった私の部屋だった。親戚の集まりなどは、子供にとってとても退屈な時を過ごす。そのために当てられた遊び部屋だった。

 ドアを開けて見回す。若干埃っぽいが、しっかり掃除がされている。おばあちゃんが掃除してくれていたのだろう。

「うわ……懐かしい……」

 目の前に広がる光景に少し息が止まる。もう何年もこの部屋に来ることはなかったが、それでもしっかり面影が残ってる。そうだ、ここが私の部屋だ。

「とりあえず、いるものいらないもの、分けなきゃ」

 私はおもちゃが入ってあるであろう、チェック柄の段ボールを開けた。

「うわー!懐かしい!」

 そこに入っていたのは、やはりおもちゃ。私が幼少期にこの家に遊びにきたり、自分の家に置くスペースがなくなったおもちゃをこの家に置いていたのだ。

「そうそう!この人形……」

 私は少し埃をかぶった人形を手に取る。よくある着せ替え人形……なのだが、その人形の髪はギザギザにカットされていた。長い髪の人形を短髪にしたくて、はさみで切ったものの、うまくいかず、河童みたいな髪型になってしまい、大泣きしたのだ。

「あ、これ……」

 よく見ると人形の靴の裏に何か書いてあった。

「達筆な字……」

 そこには『らぶ』という文字がすごく達筆に書かれていた。

「あ、これも……これもだ……」

 箱の中のおもちゃをよく見てみると、魔法少女の変身グッズ、小さなピアノ、積み木なんかに一つ一つ『らぶ』と書かれていた。

「どうかしたかい?」

 そこにおばあちゃんがやってきた。おばあちゃんにこの名前を書いたのか聞いたのだが、おばあちゃんは首を横に振った。

「これはね、おじいちゃんの字だね」

「えっ……」

 ずっと『あい』呼びだったおじいちゃん、そんなおじいちゃんがほんとにこの字を書いたのだろうか。

「あのひと、ずっと愛ちゃんの名前をちゃんと呼ばなかったけど、実は受け入れようとしてたのよね」

「そう……だったんだ」

「若いやつの気持ちはわからんが、私の子供らがつけた名前だ。しっかり受け入れないといけない……ってね。でも、『あい』呼びになれちゃって、結局最後までそのままだったけどね」

「昔は気づかなかったけど、おじいちゃん、私の名前、ちゃんと理解してくれていたんだ……」

 暑さが残る夏の終わり、私は心が少し、暖かくなって、葬式では流れなかった涙があふれだす。ごめん、そしてありがとう。おじいちゃん。大好きになっちゃったな。

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