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闇鍋

作者名:蛇穴 禅

 何を隠そう私の友人は阿呆ばかりである。体のどこをつついても阿呆のエキスが滲み出る男が四人も揃えばいい出汁が取れるというもので、出汁の素が真夏の深夜にコタツを囲めば狂乱の宴が始まる。今夜は闇鍋である。

 諸君は闇鍋をご存知だろうか。参加者各位が思い思いの具材を持ち寄り、その全てを鍋に放り込み、文句を言わずに食す。これである。なんと高尚な宴であろうか。まさに紳士の社交場である。しかし、健全な肉体に健全な精神を宿し、清く正しく生きてきた者には無縁のものかもしれない。

「やあやあ、紳士諸君。今宵はよく集まってくれた。高貴な宴のため、各々で多岐に渡る食材を用意してくれたかと思うが、事前に伝えていた通り、今回の闇鍋のお題は『時代』である。忘れてはなかろうな?」

 原始人を太らせたかのような彼は「組長」である。組長の問いかけに私含めた三人はただ一つ頷いた。そして、人一倍贅肉を削ぎ落とした男、「ホネーマン」が細すぎる腕をひょいと上げた。

「組長、我々の出汁が存分に出たこのお鍋、初めに具材を入れるのは僕で構わないでしょうか」

 名誉ある第一投をホネーマンが名乗り出るとは珍しい。組長も目を見開いている。

「ほう、構わないぞ。ホネよ、豪快にやってやれ。余程自信のある具材を持ってきたのだろうな」

 ホネーマンは誇らしげに頷き、コタツの中央に鎮座する土鍋の蓋を開けた。かぐわしい湯気が鼻先をくすぐり、一瞬倒れそうになる。

 不意に視界が暗くなった。玄関の一番近くに座っていた「だぼ」が照明の電源を落としたらしい。気の利く男である。

 ひとしきり、どぽどぽと何かが着水する音が聞こえた後、土鍋の蓋が閉められる心地よい音が響き、照明が付いた。

 ホネーマンはえらく満足気である。これは負けていられん。第二投は私が申し出るとしよう。

 我々は先に倣い、順に具材を投入、もとい無駄にしていった。最後に組長が具材を投入し、どっしり腰を据えた。四人で黙ってしばし待つ。ぐつぐつと煮えゆく鍋を睨む我々の眼差しは真剣そのものだった。それもそのはず現在進行形で時代が煮込まれていくのだ。かぽかぽと蓋が浮く土鍋の中から歴史に名だたる偉人達の名言が聞こえてくる。より心を澄まして耳を傾ければ、多くの血を流した古今東西の戦争や争いの熾烈な叫びすら聞こえてくる。

 我々は多くの時代を積み上げた上でこのような宴を行っているのだな。私は柄にもなく、膨大過ぎる過去に思いを馳せ、しんみりとした。そして、はっとした。なんと、そうか。組長は我々に歴史の尊さを考えさせるために今回のお題を『時代』にしたのだ。きっとそうに違いない。なんと思慮深い方だ。ちらりと見やると、組長は何も考えていないことが明白な表情をしていた。

 そろそろ通報されてもおかしくない匂いが部屋に充満し始めた頃、おもむろに組長が声を上げた。「よーい、はじめ」

 組長の一声を皮切りに、我々は雄叫びを上げ、菜箸とおたまを携え、戦場へと飛び込んだ。

 鍋の中は混沌を極めていた。織田軍の鉄砲隊の猛攻を迎え受けるはナポレオン率いるフランス軍である。ナポレオンの白馬の股下を誘導ミサイルがすり抜け、ベルリンの壁を木っ端微塵にした。蓄音器が軽快な音を奏でる中、マイケル・ジャクソンが踊り狂い、一反木綿に乗ったアメコミヒーローが空を舞う。

 武田の騎馬隊に追われながら私は得心した。我々が今この鍋を食らうことが出来るのは、数多の時代のおかげである。どの歴史が正しく、どの歴史が間違っているかなどもはや誰にも分からない。正しさなんぞ風に吹かれて飛んでいったに違いない。積み上げられた結果が今だという、その事実があるのみだ。歴史とはそういうもので、かくあるべきなのである。

 気が付けば、土鍋はおおよそ空になっている。息が上がったまま周りを見渡す。皆、私同様激戦を掻い潜ってきたらしい。熟達の兵士の姿がそこにはあった。しばし、互いを激励し合い、我々は本物の友情を確かめ合った。

そして自らの出汁の利いた、時代という非常に美味な闇鍋に手を合わせ、言うのだ。

 

「ごちそうさまでした」

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