偉大な王
作者名:青月
「時代を捨てる、というと?」
場末の酒場、いつも入り浸っている男がいて――、その男には相棒がいた。相棒はどこか、遠い国の王だとか言っていた。時折酒場に来てはその男と話をしている奇特なやつだった。
男は相棒を信頼していた。発言の筋道ははっきりしているし、自分が言うことについてきちんと責任感を持っているようで、こんな場末の酒場にさえ来なければ相当素晴らしい人間だろうにといつも言っていた。
その相棒は男に、「どうやって時代を捨てるのか」と問うた。
男はずっと昔から時代を捨てるべきだと考えていた。今日、ついに相棒にその話をしたのだ。
「時代ってのは、ゴミみたく捨てられるわけじゃないんだろ? 時代用にゴミ箱が用意されてるわけでも、下水に投げ入れればいいわけでもない。まさか僕の知らない間にこの国には『時代処理施設』なんてものでも造られていたのかい」
相棒は答えを待たずにくだらないと一蹴した。男の主張は言葉遊びのようにしか聞こえないわけで、真面目に取り合うだけ無駄だと思ったのだ。いつもの会話のように、冗談を交えて次の話題に移るものだと思っていた。
しかしいつもとは違い、男は相棒を諌めるように懐から何かを取り出した。
「まぁまぁ、こいつを見てくれよ」
男が見せたのは手のひらでようやく収まるほどの大きな宝石だった。透き通る紫色で、カットされた表面は綺麗に光を反射した。
相棒は目を細め、じっとそれを見た。
「へぇ、僕の国でも見たことのない宝石だ。それも、こんなに大きいなんて。なるほど。それを売って、時代処理施設を建ててもらうのか」
「果たして時代なんてモノを処理するのに、宝石一個で足りるのか? まぁ、そもそも人間の力で時代なんてもんを処理できるわけないだろう」
男はそう言いながら、続けて宝石について話した。
「こいつは俺が昔々に、それこそガキの時くらいに伝説の魔女様から授かったものでよ。人を不老不死に導くそれはそれはすごい宝石なんだ」
「ははあ。そりゃすごい。それだけの付加価値があるなら、確かに時代処理施設が建てられるな」
同じ冗談を何度も繰り返す相棒に男は呆れた顔で「前から思ってたが、お前冗談ヘタクソだよな」とからかいながら酒を呷った。
相棒は幾分か機嫌を悪くしながら再び男を見た。訳のわからないことを話しているのはお前だ、という目をしている。確かに、この場においておかしいのは男だ。
「で、どうやって時代を捨てるのさ。僕の国の技術者にだってそんなことできるやついないぜ」
結局のところ相棒の疑問はそこで、冗談みたいな計画を本気で話す男を心配してすらいた。何らかの宗教にハマってしまっただとかそういう可能性を考えた。しかし相棒の疑問に、男は至って真面目そうに答える。
「この宝石でよ、人間全部を不老不死にするんだ」
男は料理を食みながら宝石を握りしめた。
「……へぇ。全員を?」
相棒は少し驚いた様子だった。男の言葉にも宝石の効力を信じて疑わない姿勢にも。
「そう。赤ん坊から今にも死にそうなジジイまで、全部だ。そうすりゃ、きっと、」
「時代を捨てられるって?」
「その通り」
したり顔で頷く男に溜息をつきながら、相棒は頬杖をついた。論理の飛躍もいいところだとあくびをした。
自分の言うことが理解されていない、そう思った男は続けて語った。
「時代を捨てれば……、そんな区切りを捨てれば、誰もがきちんと記憶を保ったまま生きていけるだろう。それでもって歴史は……」
ただ、相棒には男の長話を聞くつもりはなかった。
「それで、最終的に、時代なんか捨ててなんになるっていうのさ」
方法だとか過程だとかを延々と聞かされたって仕方がないのだ。相棒は翻って結末だけを尋ねた。
男は一瞬止まり、顎に手を当てた。
「なんになる、か。いや、別になんにならなくったっていいんだよ。そう、ただ、俺は――」
話す中で何かに納得したように頷いた。
酒の入った小さな樽をぐい、と傾ける。数秒酒が喉を通った。軽くなった樽の中、酒はもうなくなっていた。
もう男は相棒を見なかった。代わりに誰かを見ることもなく、酒場のカウンターに目を落とし、胡乱げな視線をそのままに呟いた。
「俺はよ、偉大な王を忘れた今の時代が、許せねえんだ」
万年生きた男は、ずっとずっと昔に消えてしまった相棒を想った。