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完成品

作者名:蛇穴禅

 私は目の前の光景に叫ばずにはいられなかった。

「なんと素晴らしい発明だろうか!」

 タイムマシンが完成した。私が造ったわけではないが、その瞬間に立ち会うことができたのだから私が宣言してもよいだろう。ついにタイムマシンが完成したのだ。

「タイムマシンを制作する上でタイムパラドックスの解消は必須事項である。もしタイムパラドックスを解消出来なければ、経験した過去と寸分の狂いもない時間をただ過ごすだけのタイムスリップしか出来ないだろう。しかし、タイムパラドックスを解消する術は存在しない。故に、諸君らの想像するようなタイムスリップは不可能である」

 かつて、どこぞの学会発表で京都大学の何某教授が声高にそう話していた。残念であったな、何某教授。あなたは所詮阿呆だったというわけだ。何せ、今目の前に我々の思い浮かべるようなタイムマシンがあるのだから。いや、確かに少し想像とは異なっているかもしれない。これは搭乗して過去のある地点へワープするような代物ではない。時間の流れ自体をマイナス方向へ進行させ、使用者の神経系のみをその逆行から乖離させるというものである。科学部の先輩がいつかこう例えていた。

「時間は川だ。何かを放り込んでも時間の流れ自体は変わらない。そしてこのタイムマシンはアマゾン川の逆流だ。流れそのものを逆方向へと変える。そして、お前はアマゾン川の濁流の中に鎮座する岩だ。流れを逆にしてもお前だけは動かない。そして時間が逆流をやめるとお前は過去の連中とともに流れ始める。これはそういう装置だ」

 なるほど分かりやすい。

 私も詳しいことまでは分からないが、意識というものは単なる電気信号のように連続性のあるものではなく、系をある状態から別のある状態へと無限回切り替えることによって連続的な意識を構築しているらしい。故にある状態の意識からの切り替えを行えなくすることで、実質的に時間の流れから意識を切り離すことができるのだという。

 なんというか、開発初期からの流れを知らない人間においては荒唐無稽な話に聞こえるだろう。事実我々はまだ世間に認められるような立場にない。先述の話を理解していただけたならば万々歳、理解できないのであればそれもまた致し方の無いことなのである。

 科学部の精鋭チームにより開発が続けられてきたこのタイムマシン、完成させたのはなんと私の悪友、高田である。褒め称えるのが非常に躊躇われる男だが、ことタイムマシンに関して言えば奴はやはり天才だったのだろう。

「親友であるお前には本当に申し訳の無いことだが僕は完成させてしまったんだ」

 高田はそう言って私にタイムマシンを披露した。親友だなんだと歯の浮くような恥ずかしい単語をぺらぺらと並べる軽薄な男なのだこいつは。

「しかし申し訳無いとはなんだ」

「なんと言うかな、お前を巻き込んでしまうのだなという実感がふつふつと沸いてきたのだ」

「どういうことだ?」

 私の問いに高田は少し渋い顔をしていた。暫くして答えた。

「端的に言うと僕と一緒にタイムスリップをして欲しい。一人では怖いのだ。

 実は初めから分かっていた、どうすればタイムパラドックスが無くせるか。そしてついにタイムマシンを完成させた。いや、もしかするともっと前から既に完成していたのかもしれない」

  高田はそんな風に言った。実に回りくどく面倒くさい頼み方である。ロマンチシズムか何か知らないが理系らしからぬ物言いである。

「実にくだらない。タイムマシンが完成しただと? 何の冗談だ。早く私も乗せろ」

 私にとって初めてのタイムスリップを行ってから十五分が経とうとしていた。

 私と共にタイムスリップしてからというもの、高田は大袈裟なヘッドギアを被ったままホワイトボードに何かを書き続けていた。文章と数式を織り交ぜた、メモ書きだろうか。そろそろ先のタイムスリップを行った時刻になろうとしている。私は私でヘッドギアを外していいものかも分からず、椅子に座り、ひたすらに高田の背中を眺め続けた。

「よし、もう一度だ」

 高田が威勢よく言って水性マーカーを放った。落書きに満足したらしい。

 高田の声にチームのメンバーがバタバタと走り回り始めた。私も空気を読んで何となく立ち上がり準備に入った。

  高田と並び、目を閉じてヘッドギアに意識を集中させる。一瞬眩暈のような感覚を覚え、目を開く。時計の針は十五分前に戻っている。

 私は目の前の光景に叫ばずにはいられなかった。

「なんと素晴らしい発明だろうか!」

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