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巨影の鎧躯、咆哮。

作者:庵子亭うめな

幼いころの夢。

巨大ロボットに乗り込んで、悪と戦う。

そんな純粋な夢が、本当に叶う日がくるとは、

それこそ、夢にも思わなかった。

 

搭乗口からみた景色。

まるでその辺のトレーニングジムにでもありそうな、

飾り気のない、白い機械。

無機質な握り手と

頭に被る装着型ディスプレイ。

そして足の部分には宙に浮いたペダル。

 

そんな物体が、搭乗者への衝撃を和らげるための、

いやにSFじみた空間に”浮いている”。

 

全長10メートルの巨大ロボット。

これがそのコクピット。

今年16になった西条勝名(かてな)はそれを見ている。

ぶーん、ぶーんという耳障りなアラート。

緊急事態を告げる赤い光。

その中、これから戦闘に赴く彼は緊張するわけでも、高揚するわけでもなく、

ただ、無感情に――無感動に。

それを見ている。

 

「カテナ? どうかしましたか、カテナ!!」

 

右耳の無線イヤホンごしに聞こえる、少し年上の女性の声。

溜息をついて、そして彼は答えた。

 

「なんでもない、ちょっと深呼吸をしてただけ」

 

行って彼は操縦席に近づく。

機械はそれを待っていたかのように、彼が乗りやすい位置に下降してくる。

 

幼子に対する母親のようなしぐさだ。

 

彼はそんなことを思いながら機械の中に入り、目を閉じて装着型ディスプレイを被った。

 

目を開く。

 

見えるのはこのロボットが収容されているドッグ。

先程までの彼の視点ではない。

この装着型ディスプレイは、

全長10メートルのロボットの視界を直接自分の目に伝えてくる。

左右のハンドルを掴んだ両手を、軽く左右に振る。

視界に映る巨大な手が動く。

ペダルの上で軽く足踏みをする。

巨大な足音。

まるで自分が、この鋼鉄の巨人になったかのような”馴染む”感覚。

それを確認して、彼はイヤホンごしにオペレーターに告げる。

 

「動作良好、いつでも大丈夫だよ。カタパルト、準備どうぞ」

 

「了解。ハッチオープン、カタパルト、レーン展開完了。カテナ機、出撃どうぞ」

 

「了解、西条勝名、行きます!」

 

カタパルトを走り、高速で射出される巨躯。

その中で少年は思った。

 

(誰が想像しただろう)

 

ある日突然現れた宇宙人に、地球人類はあっという間に敗北してしまって、

21歳以上の”大人”は皆殺しにされる。

そんなB級映画でも描かれないような時代が、本当にきてしまうなんて。

 

足に着地の衝撃。

街中に巨躯はたたずむ。

やけに腕が長く、その先端に鋭い爪を備えたそれは、

まるでそれ自体がエイリアンのようだ。

 

この機体は宇宙人から支給されたものだ。

この地上に遺された『子どもたち』は、

宇宙人が放つ『敵』と戦うことを義務づけられている。

宇宙人たちは約束した。

この戦いに勝ち続ければ自分たちを新たな地球人類として認め、市民権を与えると。

 

顔を上げる。

目に映るのは、自分の乗っているものとよく似た、巨大なロボット。

それにむかって勝名は走る。

振り上げる手、爪。

その凶器を相手に向けて、思い切り振り下ろす。

 

真夏の日差しの中、巨大な二つの機体が組み合う。

両者の力は拮抗し、じりじりとお互いの腕を震わせるにとどめる。

 

(珍しいな……)

 

勝名は思う。

いつもの敵は主に生き物の姿をしている。

ロボットの敵、というのは初めてかもしれない。

 

相手とがっちり組合い、押し合っている腕にこめた力をふいに抜く。

拮抗していた力が、突然抜かれたことによって、

こちらを押していた相手の身体がふらつく。

その顎に勝名機の全身をつかった蹴りが直撃した。

首を不自然な方向に向けた敵機が、地面に倒れる。

それに勝名機は馬乗りになって、自機の操縦席があるのと同じ場所、

胸に思い切り爪を振り下ろす。

ハッチらしき場所のすき間に爪を挟み、力任せに引き剝がし、そしてその中にいたのは

 

「……っ!」

 

そこにいたのは、自分と同じくらいの年頃の子ども。

 

地球人だ。

 

ただ、”正常な見た目”ではない。

具体的には顔。

まだ幼さの残る顔半分に、

サッカーボールほどの大きさのダニのような生き物が張り付いている。

 

(これは)

 

彼は過去の経験からこれを知っていた。

これは人の脳に寄生し、操る能力を持つ敵。

初期の段階なら引き剝がすことも可能だが――

 

(もう、助からない)

 

操縦席に手を突っ込む。

ダニに操られたまま、まだ手を動かし抵抗する少年を、勝名は巨大な手で握り、

ロボットから引きずり出す。

 

(……)

 

少年は手の中でもがいている。

勝名はそれを握ったまま、見ている。

じっと見ている。

 

ふと、視界の真ん中の少年の口がうごいていることに気がついた。

 

「ぉ、かぁ……さン……」

 

「!!」

 

勝名はそれに気づき、少年を握っているのとは別の方の手で少年の頭を握り、

そして

 

――潰した。

 

静寂。

どこか遠くから蝉の声が聞こえる。

そして、聞こえる、声。

獣のような、咆哮。

 

(ああ、これは……)

 

いやに冷静な脳内。それが少年に事実を伝える。

 

(僕の声だ)

 

じりじりと照らす太陽の光の中、

巨大な身体をもって獣のように叫ぶ、小さな少年。

 

誰が想像しただろう。

 

罪なき少年たちが、巨大な身体で殺しあう。

こんな時代がくるなんて。

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