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古き良き時代の女

作者:ひとし先輩

  七月一日

 

 僕が住んでいる部屋の壁に小さな穴が空いている。

 穴についての情報をまとめる。

 

  ①穴を覗くと隣部屋が見える。隣部屋は昭和時代――つまり過去の空間だと思われる。

  (部屋に飾られているカレンダーやテレビ番組の内容から推察)

 

  ②穴から隣部屋が見えるのは午前六時から午後六時までの十二時間。

   それ以外の時間は何も見えない。

 

  ③穴から見える隣部屋には女性が住んでいる。なお、現実の隣部屋には誰も住んでいない。

 

 こんなファンタジーな穴がついているとは流石は高級マンションだ。とんでもない家賃設定なだけはある。

 おっと、一つ重要なことを書き加えておこう。

 

  ④女性はとても美しい。


 

  七月二日

 

 今日も穴を覗いた。もちろん彼女を眺めるために。

 彼女の魅力を一言で表すなら髪だ。

 日本人形を彷彿とさせる長くて綺麗な黒髪――まさしく古き良き日本の美。

 最近の女の子はやたらと染めたがるからな。彼女を見習ってほしいものだ。


 

  七月五日

 

 会社を休んだ。

 そして彼女に視線を送り続けた。

 十二時間、ずっとずっと。


 

  七月十三日

 

 今日も昨日も一昨日もずっと彼女を見ていた。

 しかし、僕の中で疑問が生まれ始めた。

 このままでいいのだろうか?

 彼女とは生きている時代が違う。結ばれることは決してない。

 僕は覚めない夢を見続けている。

 どこかで終わりにしないといけない。


 

  七月十九日

 

 会社で後輩の女の子に告白された。

 明るくて天真爛漫な彼女には隣部屋の女性とは違った魅力がある。

 僕は付き合うことにした。

 これでいい。そろそろ夢から覚めよう。

 この後、後輩が部屋にやってくる。

 今日は隣の女性のことを忘れて楽しもう。


 

  七月二十日

 

 手が震えている。

 落ち着け。落ち着け。落ち着いて状況を整理するんだ。

 

 会社の後輩と付き合い始めた。

 しかし、後輩は急に姿を消した。

 さらに、恐ろしいのは会社の誰も後輩のことを知らないのだ。まるで初めから存在しなかったように。

 僕の記憶も曖昧だ。どんどん彼女の記憶が薄れてゆく。

 今はもう名前も思い出せない。

 

 しかし、意外なところから彼女は見つかった。

 

 会社から帰ると久しぶりに穴を覗いてみた。

 僕は驚愕した。

 部屋中に彩られた赤色。その景色は大きく表情を変えていた。

 そして、黒髪の女は立っていた。

 

 こちらを見ながら。

 

 そう、こちらを見ていた。

 僕を見ながら笑っていた。

 どうしてこんな簡単なことを見落としていたのか。

 こちらから見えているということは向こうからも見えているのだ。

 おそらくこちらが見えない十二時間――それが向こう側から見える時間なのだろう。

 僕は見られていたんだ。

 この部屋での後輩との全てを。

 

 全身の細胞が震える中、僕は気がついた。

 女は壁を指差している。

 壁に視線を送ると、そこには書き殴られた血文字。

 

 『ヤネウラ』

 

 その意味を理解した瞬間、オゾマシイ予感が走った。

 僕は押入れから屋根裏を覗いた。

 視界は暗かったが、予想していたものは難なく発見できた。

 

 白骨死体。

 

 骨格は小さい。四歳くらいの子どもだろう。

 不思議な感覚だ。

 この子が誰かはわからない。

 ただ一つだけわかる。僕は何かを失ったのだ。

 もうここに居てはいけない。

 僕は引越しを決意した。


 

  しちがつにじゅういちにち

 

 あしがない。

 あしがなくなった。

 アサおきたらナクナッテイタ。

 アイツからのメッセージだ。

 ゼッタイニニガサナイと。

 

 おもいだした。

 コドモのとき、カミのながいフシンシャがウワサになっていた。

 フシンシャはコドモをねらっていた。

 ボクはソイツにユーカイされた。

 あなのムコウガワにいったんだ。

 ソイツはずっとオコっていた。

 ながいカミをかきむしり、オコっていた。

 ホウチョウやノコギリでボクをいじめた。

 そして、こうなった。

 ぼくはオカシクなったんだ。

 だって――

 だって、いまもソイツがみえる。

 マドからそとをみるとイル。

 ボクをミツメテイル。

 とてもとてもカミがながい。


 

  *


 

 日記はここで終わっていた。

 引越し後、荷物の整理中に押入れの奥からこの日記帳を見つけた。おそらく前の住人のものだろう。

 わたしは日記帳を閉じると、すぐさま部屋を見渡した。

 その穴はすぐに見つけることができた。

 現在時刻は午後四時十三分。こちらのターンというわけだ。

 わたしは高鳴る鼓動を抑えながら、小さな闇に飛び込んだ。

 

 その瞬間、わたしの世界が産声を上げた。

 

 壁にはテレビと思われる薄型の黒い長方形。

 その隣にはカレンダーと本棚。

 

 そして――彼がいた。

 

 彼はイスに座り、板状の電子機器にようなものを操作している。

 一目でわたしの心は奪われた。

 

 彼だ・・・・・・彼だ・・・・・・

 彼だ彼だ彼だ!

 彼しかいない!

 彼しかありえない!

 わたしは彼に会うために生きていた!

 彼もわたしに会うために生きていた!

 運命という言葉はわたし達のためにある!

 

 大丈夫、何をすべきかはわかっている。

 わたしはカレンダーに目を凝らした。

 そこには『令和元年』という文字が見えた。

「れいわって読むのかしら?」

 それはとても甘美な時代の予感。

 祝福しよう。

 新しい時代の幕開けを――

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