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時代ノ丘

作者名:地獄川震

「俺はナァ、時代に喰われたんよ」

 

サイバー抜刀男(バットマン)こと片桐楼十郎は瓢箪の安酒を傾ける。

 

「見ろっ、見ろォ!この義腕を!異次元にカッ飛んだ片腕を偲んで、ホログラム式の桜吹雪が焼香を上げるのよ」

 

瓢箪を持たぬほうの腕……かつて腕であった空白……それを埋めるのは、タコ足状に分散して光輝く、青白い遺伝子配列にも似た「刃物の網」。楼十郎はこれで幾人もの生命をperfect delete の墓穴へと葬ってきたのだ。

 

「このご時世、帯刀が禁止されちゃア、侍風情にできるのなんざ闇の辻斬り、殺し屋家業しかねぇもんなァ。つっても安心しなァ、俺がぶら下げてんのは刀じゃねェ。特注の桜吹雪だからなァ!」

 

「御託は済んだか?」

 

杉木の葉という葉がざわめき合う丑三つ時。

 

わずかな月明かりも遮断される森林の影の下、楼十郎と向き合うのはオシャレな丸眼鏡で着飾った制服の女である。

 

「サイバー抜刀男、公儀の命ずるところ、お主を殺人の罪にてここに罰する。その罰……死罪ナリ」

 

凛とした女の声が、森に響き渡る。

 

「ゆけぇ!NKJ-800 中島みゆきモデル 戦闘モード パイルダーオン!」

 

ぎりぎりと歯車の軋みを従えて、人間の何十倍はあろうかという巨大な「銀のガマガエル」が蠢き出す。

 

「回るゥ~……回るゥよ……時代は回る…」

 

サブウーファー搭載の巨大なスピーカーから流れる轟音フォークソングとともに放たれた、毎秒20000発のマシンガンの銃弾が楼十郎を襲う。

 

「オオオッ!大吟醸ォゥ!!」

 

楼十郎の放り投げた瓢箪に銃弾が食い込む。

 

と思ったその瞬間、あらゆる銃弾が瓢箪の呑み口へと吸い込まれていった。残弾を撃ち尽くしたマシンガンが静止すると同時に、瓢箪は空中でクルリと一回転し、水鏡に映った月光のようにほろほろと雲散霧消していった。

 

怒号とともに、楼十郎が跳ぶ。

 

おおきく振りかぶった「刃物の網」が中島みゆきモデルのスーパーメタルボディに絡みつき、ギシギシと音をたてるや否や……金属的な音を立ててボディは切断され、大量のオイルを撒き散らしながら膨大なスクラップへと成れ果てていった。

 

一瞬の出来事であった。

 

中島みゆきモデルの破壊が……ではない。

 

丸眼鏡の女が、楼十郎の四肢を捕縛するまでである。

 

女の片腕……片腕があるべき場所からは……無数の長いムカデが伸び、楼十郎に絡みつくのだった。

 

「なッ……て、てめェも……」

 

「可哀想なひと……世が世なら、ひとかどの武将として英雄の名を轟かせていたかもしれないのに」

 

「人体改造は……重罪のはずだぜ、それを公儀お抱えの執行人がよォ……」

 

身動きをとろうとするが、無数のムカデの触手に絡まれ、楼十郎の身体は指ひとつ動かない。

 

苦しげな吐息に混じって、フッ、フフッ、と楼十郎の笑い声がする。

 

「はっ……てめェらはいずれその胡座をかいてる座布団をひっくり返されるぜ……大義の名のもとに法を作り……大義の名のもとにへらへらと舌を出して法に背くその二枚舌根性……いつまでも欺いてられる訳がねェ」

 

「合掌」

 

女の一声を合図にムカデの触手が鋭さを増し、楼十郎の肉体を容赦なくスライスしていく。

 

「おおォォォ……俺の血肉は……永遠の不浄となってこの世に留まり続けるだろう……弱者を切り捨てては笑う菩薩気取りのハゲどもよ……己の傲慢さと軽率さを末代まで呪うがいい……」

 

鮮血の赤とともに飛び散った「刃物の網」は、ぽつり、ぽつりと雨のように土を濡らし、やがて黒い滲みとなって自然の輪廻の内へと存在を隠していった。

 

そこが現在のスターバックス時代ヶ丘店である。

 

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