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人間未満、怪人以上

作者名:僕話ヒノトリ

 小雨は足をならし、舌打ちを続ける。
 久々に聞く川の音は少しだけ荒々しくて、お腹をすかせた化物のよう。
 しかし橋の上に立つ女子高生のピンチを救うヒーローは誰一人としていない。
 灰色の空が私をう。
 そんな夏の夕暮れ、アスファルトで出来た不細工な吊り橋の上で私は彼に出会った。


「俺は怪人カマドウマ、なにもかもぶち壊してやる!」


 不機嫌な空の下、二足歩行する黒く大きなコオロギが私の前に現れた。

 彼はいかにも正義の味方に瞬殺されそうな、時代遅れな悪役だった。

「……今時そんなの流行らないよ?」

「……お前、俺が怖くないのか?」

 私の反応に怪人は寂しそうな表情をしたので、哀れに思って事情を説明する。

「私、今から死ぬところだったから」

 我ながら馬鹿な話だ、川に身投げなんて。

 でも痛いのは嫌だし、薬を買うのも難しいし、川の傍で自殺ごっこをするぐらいが一番気楽な道楽だった。

 

「馬鹿野郎!!」

 

 悪党は言った。

「なにかは知らんが自殺なんてするもんじゃねぇ!!」

「……どうして?」

 私は問うた。

「俺達怪人の中に自殺するやつはいないからだ! 死ぬ時は街を破壊してからと決まっている!!」

「どうしてそう決まってるの?」


「俺達には世界征服って大きな夢があるからだ!!」

 

 む空の下、怪人カマドウマは真っ黒なその姿を輝かしていた。

「世界征服ってどうやってするの?」

「詳しいことは知らん! 俺は下級怪人だからな! 壊し続ければきっとなんとかなるだろう!」

 具体性に欠けたその発言はとても幼稚で、子供のれ言のようだった。

「……羨ましいな」

 けど、だからか、ふと声がれる。

「わ、笑うな!! 小娘が!!」
 吹き出すような笑いがれる。

「これはごめんなさい」 

「……とりあえず話だけきいてやる」


 


 私達は雨除けのために橋の下に移動した。
 湿気の満ちたその場所には虫達がうろついていて喫茶店のような心地よさはなかった。
 それでもその空間には息をつく余地があった。

 女子高生と怪人は二人、湿ったアスファルトの斜面に並んだ。

「それで何があったんだよ、お前?」
 私の横で背を丸めた怪人は丸い複眼を私に向ける。
「何でもないよ、ただ疲れちゃっただけ」

「疲れたって?」
「……いろんなことにね」

「はっきりしないやつだな」
 私はちゃんと友達がいて勉学も人並みに出来て、全うに女子高生をしている。
 私の生活はきっと幸せに定義できるはずだ。
 横の怪人は不満げに触覚を揺らす。
「……でも多分、私はあなたと違って夢がないんだと思う」
 幸せの中でも先の見えない不安が確かにあった。
「……夢か」
 怪人さんは夢を語ってくれた初めての大人だった。

 彼はいぶかしげに黒い複眼を荒れる川へ向け思考する。
「お前、好きなものとかはないのか?」
「好きなもの……」

「好きなことが夢になったりするんだよ」

 答えに困った私は彼に問う。
「なら怪人さんは世界征服が好きなの?」
「ちげーよ、俺は暴れるのが好きなだけだ」

「じゃあなんで私を襲わないの?」

「お前を襲ったのは練習のためだ。 まだちゃんとした作戦に参加出来てないんだ」
「女の子一人を相手に?」

「う、うるさい!! 何事にも練習は必要なのだ!!」
「女の子一人襲いきれないなんて向いてないんじゃないの? 怪人さん」
「……確かに天職かって言われたらわからねぇ」

 狼狽えていた怪人さんだけどその顔付きは変わらない。

「でもな嬢ちゃん、これだけは言える」

「何?」

「俺はこの世界を壊したいんだ」
「……どうして壊したいの?」
「今の世の中、ものが溢れかえってやがる」
「それは仕方ないよ」
「仕方なくなんかない!」
 彼の言葉は一層強く決意に満ちていた。

「文字を書く時ってよ、鉛筆と消しゴムがいるだろう? 鉛筆しかないんじゃ世界ってお話は綺麗に描けないんだよ」
 黒い怪人は橋の上を見上げるように手を伸ばす。

「だから俺が消しゴムになるんだ」
 その言葉は確かな彼の意志で満ちていた。

 消しゴムになりたいなんて人にこれまで出会ったことがなかった。
 でもそれは聞いたことがないだけでそう考えている人もどこかにいるのかもしれない。

 思えば本音で誰かと話すことなんて久しくなかった。
 友達とのおしゃべりも、家族との会話でも本当に言いたいことなんて言ったことがなかった。

「私は昔ね、正義のヒーローになりたかったんだ」
 こんな話をするのは小学生以来だ。

「なんだよ、俺達の敵じゃないか」
「でもね、それを言うとみんなに笑われたんだ。 女の癖にって」 

「……嫌なやつらもいたもんだ」

「だからずっと本音を隠してきた。 そうしてる内にわかんなくなったんだと思う」
 話し終えた後にどうしようもない恥ずかしさがあった。
 また馬鹿にされるんじゃないかって不安があった。
 震える私に怪人さんはこう言った。
「俺は人様の生き方をどうこういえるような立場じゃない」
 彼の視線は未だ橋の裏側を捉えていた。

「だからあえて言うぜ。 お前も自分勝手にすればいいんだ」

 雨上がりの日暮れにコオロギ達が鳴いていた。
 それは、それは必至に、彼等は鳴いていた。

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