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足掻く者、残る物、受け継ぐモノ

作者:結良シア

パキリ、と忌々しい音を響かせながら手元のヒスイが割れた。

「ああまた……もう」

私は苛立ちをこめて、醜くヒビを走らせたそれをにらみつける。

二目見ようと思えぬ歪な曲線。虚ろで何物も見通せない凸凹とした空洞。

まさしく、まがい物の勾玉であった。

「何やってんだろう、私」

 握り締めていたそれを投げ捨てる。乾いた音を響かせ、石造りの床を滑っていく。

――私の兄弟も周りの友人も、みな立派に『クニ』や『ムラ』を守る戦士となった。彼らは勇猛に戦い、その姿は歌われ語り継がれていくのだろう。

それに比べ私はどうだろうか?自分がどうありたいかなんてこれっぽっちも考えず――

「……違う、私が作りたいのはこんなのじゃない」

私は頭を振ってぼんやりとした不安と焦燥感を振り払い、目を閉じる。

脳裏に浮かぶのは眩い輝きを放つ一つの勾玉。海の果ての大国に納められるべくして生み出されたあの至宝。私が追い求めてやまない、たった一つの光だ。

――そうだ。私は、私がたった一つ美しいと思える物の為に生きている。

深く息を吐きだし、立ち上がる。それから私は、投げ捨てた勾玉を拾い上げて指でそっと撫でた。

 

パキリ、と不快な音を立てて手元の木板がヒビ割れた。

「畜生!」

俺は怒りに身を任せてそれを叩き割る。醜く凸凹とした木板はあっけなく砕け散った。

「クソッ!所詮俺はごみみてぇな彫師だよ!」

誰に聞かせるわけでもなく怒鳴り散らす。この辺りの長屋じゃ昼間からだらだらしてるのは俺だけで、叫んだって誰も聞いてなどいない。

「あぁ畜生!まともに胴の一つも彫れやしねぇ!」

俺が浮世絵の彫師を目指したのは何故だったか。ガキの頃の話だが、その根源は怒りだったという事は今でも鮮明に覚えている。

息を呑むほど美しい版下絵が、名前と肩書だけは立派な彫師に無残に切り刻まれて。それに摺られた絵を、餌を撒かれた鶏のように買い漁る連中がいて。

――虫唾が走った。だからあの美しさを本当にわかってる俺がそれを引き出そうと思ったのだった。

なのに――

「俺じゃ何にも作れねえ!何も残せねえよ!」

暴れ狂い、たがねやら彫刻刀やらを見境なく放り投げる。終いに投げるものも無くなって、俺は万年床に自分の身を叩きつけた。

言葉にならない絶叫を枕に叫び続ける。その内怒りと疲労とで少しずつ意識が薄らぎ、瞼が重くなっていった。

――このまま何もかも終わっちまえばいいのに。何も出来ない姿を晒す位ならこのまま全部――

「ああでも、その前にもう一度だけ……」

瞼が閉じきるその前に、俺は重い体をのそりと持ち上げる。それから投げ捨てた道具を拾い集めて、汚れた文机に向き直った。

「こいつの顔だけは掘ってから終わりに……」

先ほど割った木板とは別の物を取り出す。そこには、ガキの頃に俺の心を奪った版下絵の似姿があった。

 

パキリ、と歪な音と共に私の心がヒビ割れた。

「ああ、もう駄目だ」

私はPCに繋がっていたペンタブレットを引き抜いて端に追いやり、机の上に突っ伏す。

駄目だった。今度こそと応募した漫画は箸にも棒にもかからなかった。

最近はSNSを見るのも辛い。

就職やら結婚やらで輝く人を見るのはまだ良いのだ。それ以上に堪えるのは、どこかの誰かがデビューをして才能を花開かせていく――そんな姿を見ることだった。

 

「……気分転換でもしよう」

汚れたジャンパーを羽織り、平日の秋空の下へと歩き出す。

見慣れた散歩道。吠えてくる犬。道端で話し込む主婦。あてもなくうろうろしていると、ふと小さく、古びた建物が目に入った。

「市立博物館……ねぇ」

見慣れた建物だが、一度も訪れたことはなかった。だが今日に限って、何故だか覗いてやりたくなった。

受付で不愛想な女性に入館料を支払い、小奇麗な館内に進む。展示スペースはわずかで、全て見終えるのに時間はかからなさそうだ。

その小さなスペースの真ん中にガラスケースが置かれており、それがここの目玉なのだと一目でわかった。

何の気なしに覗くと、ああ、誰でも知っている、教科書で習う有名な先生の絵画じゃないかとささくれた気分になった。

来て早々、憂鬱な爆弾が破裂する前にここを出ようと、つまらないそれから目を離そうとした、その時だった。

室内の端にひっそりと組まれたひな壇が視界に映る。スポットライトも当たらないそれに近寄ると、そこには雑多な骨董品が並べられていた。

「ええと……『代々この地に住み着いた先人が残した創作物と見られる』……」

不格好なヒスイの勾玉、線が歪んだ浮世絵の版画。名も無き誰かが作ったそれは、どれも稚拙な出来だったが、しかし――

「あ、あれ……」

気づけば私は、目の端に涙を浮かべていた。

何故だろう。何故だかわからないけど、私はこれを知っているような――。

 

その夜、私はまたペンタブレットにかじりついていた。

何者にもなれないかもしれないけれど、何者かになろうとしたことだけは否定させまいとして。

今日も何かを形に残そうとして、何かを作り続けるのだった。

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