夢現の友情
作者:東天紅やよい
ヘッドセットを身に着けて電源を入れれば、私が私でない私に生まれ変わる。
生まれ変わった私が目を薄らと開けば、いつもと変わらない仮想現実の街並みが視界に広がった。繁華街の様に夜を輝かせる街の明かり、歩行者天国には男女入り乱れ、それぞれが思い思いに談笑したりポーズを決めてスクリーンショットを確保している。
夜にこそ賑わうこの仮想現実── バーチャルリアリティ心地良い喧騒を耳にしながら私はいつもの溜まり場に向かった。中華料理店を模した一角。その中へと足を踏み入れる、
「──あ、るーちゃんだ♪」
目敏く私を見つけた可愛い女の子が、私に駆け寄ってきた。毎日この時間に必ずここに来ているその子を視認すれば、自然とヘッドセットの奥からも安堵の笑みが零れてしまう。
「うん、あかねちゃん。今日も可愛い」
よしよし、って、近付いてきた、あかねを撫でるように手を翳すと、まるで猫のような表情になって私に抱き着いてきた。
「今日も私、2番目? あかねちゃんには敵わないな」
「へへ、そうだよー。時間ぴったり。多分もうすぐみぃちゃんとかもくると思うから、それまでは二人きり♪」
「もー。そういうこというと皆に嫉妬されちゃうよ? 私。あかねちゃん、皆のアイドル? なんだから」
「えー? 私はるーちゃんと一緒に居たいのっ」
えへへ、って、顔を擦りつけてくるあかねは可愛くて、女の私ですら彼女にしたいって思っちゃうくらい。苦笑しながらも、ついつい撫でて甘やかしちゃう。現実では敬遠されることはあっても慕われることなんてないから、尚更にこの仮想現実の世界が心地良くなってしまうのかもしれない。
「うーん。現実でもあかねちゃんがいてくれたらなー」
「ねー。るーちゃんが一緒だったらいつも楽しいのに」
「私みたいなの、現実で一緒とかやばいよ? 誰もついてこないって」
「え? 絶対るーちゃんに付いていくし」
「自信たっぷりだなー。嬉しいけど」
そんな雑談をしているうちに、ぽつぽつといつもここに溜まってる人たちが集まってくる。初めこそ甘えていたあかねも、集まってくる皆に挨拶をしながら話してるのを見て、こういう細かいところが私と違うんだよな、なんて少し羨ましく思ったりもして。
日本どころか世界の色々なところからこうして皆それぞれが集まって、性別も歳も全然違う人たちが仲良く話したり遊んだりしているこの世界が、凄く好き。顔も知らない人間と放すとは、なんて歳をとった大人は言うけれど、今の時代は緩く心地良い、こういった繋がりも一つの在り方なんじゃないかなって、
「──ねー、るーちゃん! おいでおいで! 今日もGiv42Uしよー!!」
そんな年齢不相応な思考は、あかねのゲームへの誘いで遮られた。ん、って、顔を上げれば、相変らずのにこにこ具合であかねが私を見つめてる。
「……またー? 私、あれ得意じゃないんだけどな」
「1人で全員キルしたのに!? あれで得意じゃないの!?」
「なんかこう、野生の勘みたいなものなんだけど……」
まぁいいか。今この瞬間が楽しいのだから。私は頷いて立ち上がり輪の中に飛び込んだ。
そうして甘い甘いキャンディーみたいな胡蝶の夢の蜜を味わって、夜に溶けていく。
「……、で、こうなるんだけど」
「だから言ったろがお前朝までGiv42Uすんなって。廃人なの? 木村先生に毎回お守りを頼まれる俺の身にもなってくれよマジ」
結局明け方までゲームやって寝落ちたせいで学校に遅刻。私を昼休みに迎えにきやがった幼馴染が何か悪態を付いているけど、頭が眠気でぼーっとしてて追い付かない。友達らしい友達もこいつしかいないし、現実なんて消滅してしまえばいいのに。
「あーマジであかねちゃんみたいな子が迎えに来てくれないかなー」
「お前まだ言ってんの? 現実見よう? 出席8割切るよマジで」
「うるせー茜にあかねちゃんの可愛さなんてわかんねーだろ。っていうか何でお前あかねちゃんと同じ名前なの? 有り得んくない?」
「何でお前女子なのにおっさんみたいなこと言ってるの? 歳いくつ? 絶対俺の方が先なんだけどその名前」
いつものやりとりである。改めて現実なんて消滅してしまえばいいのに。
あーあ、って足取り重く歩く横で、幼馴染の茜が溜息を吐いた。
「──、まぁ、うん。お前がおっさんだろーが面倒見てやるわ。この俺が」
「はぁ? お前に私の面倒が見れる訳ねーじゃん。ついてくんなって」
「は? 絶対瑠華に付いていくし」
「お前も私を名前で呼ぶんじゃねーうぜーきめー生意気野郎が」
しっしっ、って手で払う仕草をするが、一回り位身長の高い茜が私の頭を掴んでくる。
本当うざくて面倒くさい。
「……、本当、隣がこいつじゃなくて ”あかねちゃん” だったらいいのになー」
なんて改めて届かない夢を追いながら、今日も学校が終わったらまたあの溜まり場で癒されようと意気込む毎日だ。私には仮想現実の方が、現実よりも現実なのだから。