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来世の君は

作者名:バーチャルゆうれい

「俺さ、前世の記憶があるんだよね!」

 そう言った君の顔はとても明るくて、その言葉の意味を何も理解してなかったけど思わず「そうなんだ」と頷いてしまったんだ。それまで何か思いつめたように暗かった表情はどこかに吹っ飛んでしまったような君の笑顔。とても眩しかった。最近君は何をやっても調子が出ないみたいだった。バイト先をクビになったり、留年したり、すごい頑張って書いた小説が入賞しなかったり。落ち込んでいる君を慰めようと居酒屋に呼び出してみたら席に着いたとたんハイになるから、ついにどこか頭がおかしくなったのかと思った。困惑している僕がまるで見えてないんじゃないかって様子で前世の体験を語り出す君はほんとぶっとんでた。けどまあそれで君が楽しいならいいかなって相槌を打っていた僕も結構変になってたのかもしれない。

「前世ではさ、ミュージシャンやってたんだよ、全く売れなかったけど。その前は消防士やっててさ、取り残された子供助けようとして死んだんだ。何だかんだ色んな職業やったけど小説家にはなったことないから今回は小説で一発当ててやろうと思ったんだ。けど流石に簡単じゃなかったな〜」

 少し困ったような顔で「小説家はまた来世かな」って笑う君の表情に少し不安になって僕は思わず「次は賞取れるかもしれないしさ、今世でももう少し頑張ってみようぜ」と言ってしまった。君がもう十分頑張っているのは知ってるのに。全力を出して失敗した君に「頑張ろう」って言葉を投げるのがどれだけ残酷なことかわかっていたのに。君は少し言葉に詰まってから「だね」って小さい声で呟いて注文したビールを一気に飲み干した。

 酔い潰れた君を家まで送り届けるのには苦労したよ。アパートの2階に住んでいた君はもうまともに階段も登れなくて「ごめんな、本当いつもありがとな」って呪文みたいに喋ってた。僕は「ほんとよく酔ってんな〜、わかった、わかったから」って笑いながら君を引きずってなんとかベットの上に転がした。こんなに酔ってる君をみたの初めてで、やっぱり相当追い詰められてたんだなって思ったよ。今日楽しく騒げたから少しでも気分転換できてたらいいなって考えながら郵便受けに部屋の鍵を入れて僕も帰ったんだ。

 

 君が亡くなったのはその3日後だったね。君の親から電話がかかってきて自殺だったって教えてもらった。嘘だと思った。けど葬式で棺桶に納められた君の顔はとても白くて、あの酔い潰れた真っ赤な顔とは似てもに付かなくて。君が死んだ現実をこれでもかってほど突きつけられた。泣いたよ。こんなに泣いたのは生まれて初めてじゃないかってぐらい。目元をハンカチで抑えた君の母親から僕宛の遺書を受け取った瞬間、涙が止まらなくなったんだ。

 僕宛の遺書が入った封筒はとてもぶ厚かった。中身は一通の手紙と小説。一通りの感謝を述べた遺書の最後の一文は「来世では成功してみせるから期待しとけ」だった。君がもし本当に記憶を持ったまま生まれ変わったとして、本当に小説家になれたとしてその成功を僕が直接見れないのはとても悔しいと思ったけど最後の最後に君らしさを感じて笑ってしまった。一緒に入っていた小説は売れないミュージシャンの話と子供を助けて命を落とす消防士の話。君があの日語ってくれた前世の話だった。売れないミュージシャンは最後にヒット曲を出し、消防士は子供を助けて満足した表情で亡くなっていた。どちらもハッピーエンド寄りのストーリー。今まで君が経験してきたことを僕も共有できた気がして少し嬉しかった。けどその原稿用紙の裏を見た時、「ああ、なんでめくってしまったんだ。」と思った。絶対に、絶対に裏を見るべきではなかった。見なければこのまま君の来世を応援できたのに。裏面には歪んだ文字で「こう生きたかった」と書いてあった。急に君を失った僕は君に来世があることを信じたかったのに、それを否定された気分だった。君に前世なんてなかったんじゃないか? この小説は君が歩みたかった理想の人生、成功のストーリーだったんじゃないか? そう問いただしたいけど君はもういない。君は今どうしているのだろうか。消えなくなってしまったのだろうか。それとも新しい人間として生まれ変わっているのだろうか。僕にそれを確かめる方法はなかった。

 

 

 

 

 20年後、僕の机の上には1冊の小説が置いてあった。普段本なんて読まない僕が暇を潰すためにたまたま手に取ったその小説。そこに綴られた文はどこか君の手紙に似ている気がした。

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