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変わらないもの

作者:軽野 鈴(かるの べる)

 鏡の前で、前髪を整える。

 家を出る前に何度も見てきたはずだけど、やっぱり気になって。

髪は跳ねていないだろうか。スカートに糸くずはついてないだろうか。

気になり出すときりがないので、アプリコットオレンジのリップを塗って、強引に完成ってことにした。

 ああ、それでも、やっぱり気になる。

 だって今日は、大好きな人とのデートなんだから。

 

 

 待ち合わせ場所に着くと、そこにはもう愛しい人の姿があった。

 脚がすらりとしているからだろうか。スラックスにシャツというシンプルなコーデなのに、誰よりもかっこいい。

「未来、ごめん。待たせた!」

 私が開口一番そう言うと、未来はひらひらと手を振りながら、「今来たとこだから気にしないで」と笑う。

 未来はいつもそうだ。

 私がどんなに早く待ち合わせ場所に着いても、必ず私よりも先にそこにいて、それでいて、さっきみたいに「気にしないで」って笑うのだ。

「本当に気にしなくて良いのに。明日香と会えるのが楽しみで、ついいつも早く着き過ぎちゃうだけなんだから」

 おまけに、こんな歯の浮くような言葉までさらっと言ってくるんだから、未来はずるい。

「もう、またそんなこと言って……! あ、そうだ、じゃあさ、お待たせしちゃったお詫びってことで、今日は未来の好きなところ、どこでも付き合うよ」

 私がそう言うと、未来はいたずらを企む子どものような顔で笑う。

「どこでもって、本当にどこでもいいの?」

 わざわざ念を押してくるって、いったいどこに連れて行く気なんだろう。

 私は今更ながら、ちょっぴり怖くなってきたんだけど、今更あとには引けない。一度言った言葉は、もう二度と飲み込めないのだ。

「う、うん。女に二言はないよ!」

 怖じ気を勢いで無理矢理とっぱらうと、未来は手を差し出す。

 私がその上に自分の手を重ねると、私よりも長い指が、ぐいっと握りしめた。

「じゃ、いこうか」

 からかうような未来の笑みに、私は二重の意味でどきどきした。

 

 

 結論から言うと、その日のデートはとても楽しかった。

 ショッピングモールでお買い物をして、おいしいものを食べて、そしていま、今日一日の締めくくりに、観覧車に乗って夜景を見ている。

 もちろん、未来が私のいやがるような場所に連れて行くとは最初から思ってなかったけど、もし高いお店とかに連れてかれたらどうしよう、とか、ちょっぴりどきどきしていたのだ。

 私が今日一日を振り返って楽しい気分に浸っているうちに、観覧車はぐんぐんと高度を上げ、もうすぐ頂上、と言うところまで来ていた。

 と不意に未来が、それまで絶えず口元に浮かべていた、穏やかな笑みを隠す。

 なんだか珍しく真剣な顔をしていて、私の胸が、何かの予感のようにどきりと跳ねる。

「ねえ、明日香」

 未来は一度口を閉じ、小さく深呼吸すると、覚悟を決めるように小さく頷いてから、言った。

「僕と、結婚してくれないか?」

 いつの間にか、未来の手には小さな箱が。

 そして、その中には、美しい指輪がきらりと光っていた。

 いつもの、からかうような口調とは違う、本気のプロポーズ。

 戸惑いと、うれしさと、色んなものが胸の中で入り交じる。

 まるで、春の嵐のようだった。

 真剣で真っ直ぐな目は、私の返事を待っていて。

 とにかく、何か言わなくては。

 そして、私はついに、口を開く。

 

「でも、私たち、女の子同士だよ?」

 

 目の前で、未来はぱちくりと瞬きをした。

 と、二人揃って、吹き出す。

「なにそれ、〝平成ごっこ〟?」

 さっきまでの真剣な雰囲気は一気に霧散して、観覧車内にいつもの空気が満ちる。

 そう、私が返したのは、今年の大河ドラマの台詞である。

 平成から令和の時代を舞台にした今年の大河は幅広い層に受け、「私たち、女の子同士だよ?」は、今年の流行語大賞も狙えるんじゃないかとか。

 平成の時代は、恋愛は異性間で行うのがスタンダードだったらしい。性別が同じ、なんていう些細なことが障壁になっていたなんて、大変な時代だなあと思いながら、私も毎週テレビを見ている。

「それに、それを言うなら、実際に会ったことがないことの方が、問題なんじゃない?」

 未来は――精緻なポリゴンでできた未来のアバターは、そんなことを言った。

「それこそ今更じゃない? もう、生身の身体で会うとか不可能だし」 

そうなのだ。

 地球はもはや人類が住める環境ではない。

 にもかかわらず、私たちがこうしてのんきにデートなんてしていられるのは、ひとえに科学技術の発展のおかげである。

 安全なシェルターで身体をコールドスリープ状態にしたまま、意識だけが、このVR世界で生活をしているのだ。

「ねえ、冗談はこれくらいにして、さ」

 未来が、仕切り直すような口調で私を促す。

「うん。わかってる」

 人の営みは、大きく変わった。

「あの、ね」

 コールドスリープによって半永久的な寿命を得たし、おなかを満たすための食事は必要がなくなった。

「これからも、よろしくお願いします」

――西暦三○一九年。人類は、それでも今日も、恋をしている。

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