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Pay

作者:紗奏羽無(サカナ ハム)

「ひとがおおいつらい」

「わかる」

 

 とある午後の昼下がり、そこそこ客も落ち着いてきた頃。直営店舗のコンビニのレジでは新しい決済方法の研修が行われている。他の店舗に先駆けて直営店でスタッフと一部店舗の店長クラスが先に研修を受けることで後々の導入をしやすくする目的だ。

 

 もとよりここで勤務しているスタッフとしてはレジの内側が詰まっていて窮屈らしく、年季の入ったアルバイターの先輩後輩コンビは眼の輝きがいつもより薄れている。若干残されていた気がしないでもない輝きが、素人には感じられない程度には薄まっている。

 

「世間じゃあーだこーだ言われてますけど、これ実際のところどうなんですかね」

「少なくとも、対応しなきゃいけないものが増えた分僕たちには優しくないな」

「違いない」

「でもこれ慣れればわかりやすそうじゃないかな」

「そうかな、突発的な対応は難しいと思いますけどね」

 

 後輩はげんなりしつつ先輩へ返答する。後輩としては、決められたことを黙々とこなしてそれで給料が貰えればそれで良く、特に新しいことをやろうだとか向上心はこの場には持参していない。

 かと言って先輩も特に向上心はなく、後々苦労しないように今のうちに多少なりとも知っておきたい程度だった。

 

「というか、しばらく経つとあれこれ決済方法増えたり増えなかったりしますけどこれなんの意味があるんですか」

「ん、なんかこうあれだよ囲い込みというか」

「知らないながらに先輩の威厳をみせようとしてますねこれ」

「研修おつかれさまで帰りのアイスコーヒー奢る予定だったんだけどな」

「許してください」

 

 先輩の威厳は保たれた。

 

「実際さ、客を取られたくなかったりするらしいんだよね。今どきその気になれば何にでも手を出せるわけだから、キャンペーンやら特典やらで引き止めて、使ってもらう。使ってもらえはそれが実績になって、後々の信頼になる、みたいな」

「なるほど」

「さては話聞いてなかったでしょ」

「アイスコーヒーで引き止めて入れ替わりの激しいここから人員を減らさないようにしてるってところは理解できました」

「話聞いてなかったな」

「もちろんです」

「それにだな、やめてもらいたくなくて毎日帰りにおごっているわけでは無くて」

「らっしゃせー」

「おい」

「膝はダメです先輩」

 

 いつものように適当に話とお客さんへの対応をこなしつつ、資料に目を通しながら足が動く。後輩はなぜ自分を挟んで反対にお偉いさん方がいるのに平然と膝を狙ってキックができるのかわからず内心恐怖している。

 

「見えない角度でやってるからだよ」

「心は読まないでください」

「馬鹿な、って顔してたよ」

「落ち着いてくださいよ先輩、ささ……先程のお話の続きを」

「本当に聞きたいのかね」

「もちのろんでございますわぞ」

「おい」

「足の甲はダメです先輩」

 

 正直レジが詰まっている上に立場が上の店長クラスだらけなので、ゆったりできないストレスも込められているらしい。後輩は今日ばかりは直営店舗に勤務していることを恨んだ。

 仕方ないので後輩は先輩のお話をとりあえず聞くことにする。

 

「んで、引き止めでしたっけ」

「ん、まあそんな感じのやつ。うまいこと引き止めできれば、それだけ検討する新規層にも実績として見せつけれるでしょ。もっとうまく行けば、社会的な信用も生まれるだろうし、提携やらなんやら将来への選択肢がふえるわけ」

「そしてそのしわ寄せが末端の店員に飛んでくるわけですね」

「末端の端くれゆえ否定はできない」

「わかる」

「ちゃんと理解して使ってくれるなら問題ない気もするんだけど」

「話題性だけでは顧客対応はできませぬな」

「わかる」

「まあでも先輩、今回の決済方法見た感じそういうのあんまりなさそうですよ」

「気づいたか」

 

 資料には決済を完了させるまでの流れは記載されているが、他の決済方法ではありがちなポイントやら還元やらメリットらしいメリットが記載されていない。

  

「この決済、一応はそれが目的って研修しに来たお偉いさんが言ってた」

「ほう」

「特にどこに属するわけでもない、ある程度公平性が保たれた決済、だったかな」

「なんの意味が」

「流石に露骨すぎる、ってさ。店側での特典や還元は許容できるけど決済方法まで縛るのはどうなのか、ってテレビでも言ってたけど」

「家にテレビがないですね」

「ニュースをみなさい」

「おかんかな」

「おい」

「ひえっ」

「ともかく、今までのものを使うのもいいけどある程度公平性が保たれた決済を求められた結果、国も重い腰を上げて原点回帰したらしいわけよ」

「なるほどなあ」

 

 こんな薄くて大丈夫なのかね、と思いながら後輩は手に持った長方形の紙をひらひらさせる。紙には精巧な印刷が施されている。金属やパッケージに使われるプラスチックならまだしも、紙とは。

 

「ところで先輩、これはここに書いてあるように紙幣って呼べばいいんですかね」

「基本的にはそうらしいけど、お客さんへの確認の際は現金でも通じるらしいよ」

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