JIDAI~切り拓くモノ
作者:眼珠天蚕(めだま・やままゆ)
止められない――"彼"の事を語る時、人はよくそう語る。
しかし、実際はそうじゃない。止まってはいけないワケじゃない。
彼は、"止まらない"だけなのだ――何に強制されるワケでもない。純然たる彼の意志で、止まらないのだ!
前を向いても、後ろを向いても、見渡す限りの光景を埋め尽くすのは――敵、敵、敵ばかり。
「貴様には、ここで足を止めてもらうッ!」
背後から飛んでくるのは、燃え上がるような怨恨を含んだ怒号。視線だけをチラリと走らせて眺めれば、そこに居るのは"過去"の名を関する亡霊達。
山のように武器を持った、鎧武者の怪物が居る。地に植えた爪と牙を振りかざす、巨大な竜が居る。大地を揺るがし大気を焦がす、炎の鋼の化身が居る。星を揺るがさんばかりの巨大な体積を有する、隕石が居る。全てを凍り付かせる吹雪を永劫に渦巻かせる、暗澹とした黒雲が居る――!
その最後尾に位置するのは、[[rb:赫々>かっかく]]に輝く巨大な心臓。素粒子が渦巻き、灼熱の原始が湧き出す、憤怒の形相を呈する魔神が居る――!
「これ以上、貴様を一歩も先には進ません!」
前方から飛んでくるのは、見下すような高慢さを含んだ唾棄。視線を戻せば、そこに居るのは"未来"の名を関する超常の存在達。
重火器で全身を隈無く武装した、機械の巨人が居る。人とも獣とも付かぬ異様な顔と四肢を幾つも有する、奇っ怪な怪物が居る。禍々しい悪臭を放つ汚穢に集る、莫大な数の蟲の群が居る。電磁場とプラズマによる星の如き輝きで形作られた、多頭の竜が居る。光すら吸い込む漆黒の球体に浮かび上がる、無数の悲痛な顔の塊がいる――!
その最前列で腕組みして待ち受けるのは、網膜に焼き付くような青白い輝きを放つ、神々しくも横暴なる魔神――!
ざっと見回しても数百万――恐らくは天文学的な単位で押し寄せる敵意の怒濤の中で。心臓が握り潰されるような重圧を一身に受ける男――ゲンダイは、ニヤリと笑う。
彼の顎を冷たい汗が伝っている。当然だ。身を晒しているのは、あまりにも分の悪い戦いなのだから。
だが、彼は決して絶望したりしない。
(今までだって、オレはこうして前に進んで来たんだ!)
ゲンダイは拳を握る。莫大な物量の前には、あまりにも小さな拳。
しかし、この拳こそが彼の道を切り拓いてきた、最高にして最強の武器!
「通らせてくれねぇってンなら…! これまで通り、力付くで突き進むだけさ…!
アンタらにゃ全員、ブッ倒れてもらうぜ!」
「何たる傲慢! 何たる利己主義!」
"過去"どもも"未来"どもも、時空をつんざくような喚き声を上げてゲンダイを非難する。魂ごと吹き飛ばすような轟音の衝撃を身に受けながら、ゲンダイは不敵に笑い、一歩足りとも退かない。
「ゲンダイよッ! 貴様はそうやって我々を斃して足蹴にし、屍を踏みつけて突き進みッ! 一体何を得ようと言うのか!」
"過去"達がそう糾弾する一方で、"未来"達もまた負けじと声を張り上げる。
「貴様は一体、何を目指す!? 永劫に続く交戦の連鎖に身を晒して、何を手に入れたいと言うのか!」
するとゲンダイは、汗にまみれた前髪を掻き上げると、フッ、と小さく笑い声を漏らして語る。
「知らねぇよ」
「知らぬだと!? 目的も知らぬのに、屍の山を築いて前に進むだと!?」
「ああ、知るかよ。この先がどこに続いてるかなんて、分かりっこねぇよ。
――だからこそだよ、オレが前に進むのは…よ!」
ゲンダイは己の拳と掌をバチンッ! と叩き合わせると。汗にまみれた満身創痍で身構えながら、声を張り上げる。
「オレは見たいンだよ! オレがどこまで行けるのか! この先にどんな光景が広がってるのか!
分からなきゃ分からないほどに、ワクワクしてくるんだよ!
だからこそ、オレは――進むのさ!」
彼の理由はあまりに抽象的で、不合理なものだ。当然、敵対する"過去"も"未来"も反発の怒号を上げる。
「二度とその減らず口! 叩けぬようにしてやる!」
「零の塵へと返してやるぞ、小僧めがッ!」
「一度で楽に死ねると思うな、傲慢の化身ッ!」
「九死に一生を得てきた奇跡も、ここで潰やしてやるッ!」
この非難囂々の渦の中、ゲンダイは口角をつり上げると、握った拳を振りかぶる。
「御託はもう、沢山だ。
問答無用で、押し通らせてもらうぜぇッ!」
ゲンダイは、地を蹴る。爆発的な加速の衝撃が時空を波立たせ、彼の体を烈風のみならぬ、暴力的な光へと変える。そして拳を振りかぶり、"過去"も"未来"もねじ伏せにかかるのだ!
永劫に続く戦いが、再び幕を開ける――!
――彼は止まらない。
その手に未知を掴むために。
――ならば、お前はどうする?
"時代"という波乱の四面楚歌を前にして、お前は何を為す!?